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ボウリングの歴史
■テンピン・ボウリングがアメリカで誕生
 木で出来たボールとピン状のものが、紀元前3000〜5000年と思われるエジプトの墳墓から発掘され、ロンドンの博物館に展示されています。ボウリングの原型と思われる柱を倒す遊びは、古代からあったものと推測されています。
もともとは農耕儀礼に行われていたようですが、中世のヨーロッパでは木柱を邪悪なものとみなしてそれを石を転がして退治する宗教的な儀式から発展し、ボウリングの前身といえる「九柱戯(ナインピンズ。木柱が9本)」が行われていました。宗教的儀式に由来することは、16世紀に宗教改革で有名なマルティン・ルターがボウリングのルールをつくったとされていることからもうかがえます。

 15世紀のロンドンでは、屋外で行われていたボウリングが、屋内で行われるようになりなした。17世紀にはオランダ人の移住でアメリカ大陸に伝わります。ヨーロッパにおいても、アマディウス・モーツァルトが「九柱戯変ホ長調 K498」と言う作品を残すほど人々の心を捉えていました
 アメリカに渡ったボウリングですが、人々が九柱儀に夢中になり、賭博行為なども行われた為に、19世紀半ばにはコネチカット州やニューヨーク州などで禁止令が出されました。

 ジョセフ・サムという人が、9ピンではなく10ピンならば禁止令に反しないだろうと考え、現在のようなテンピン・ボウリングが生まれた、と言う説もありますが、これはアメリカ人特有のジョークと考えられています。

 1895年に創立されたアメリカンボウリング協会(ABC)によって、次々と規格やルールが定められていき、現在のボウリングが確立していきました。
 1946年には自動のピンセッターが出現し、第2次世界大戦後、ボウリングは特にアメリカを中心として盛んになったのです。

■日本のボウリング史 
 日本最初のボウリング場は、1861(文久元)年6月22日、オランダ人によって長崎に作られました。現在、6月22日が「ボウリングの日」とされているのはそのためです。

 1952(昭和27)年、日本の民間初のボウリング場、東京ボウリングセンターが港区の明治神宮外苑にオープン。一部の人たちの社交場として賑わいます。翌年には日本人による第一回のボウリング・トーナメントが行われました。

 当時はまだ自動のピンセッターはなく、人手でいちいちピンをセットしていましたが、1961(昭和36)年、自動ピンセッターが輸入され、省力化とコスト削減が可能になります。大衆レジャー流行にも乗ってボウリング場は爆発的に増え、1972(昭和47)年には約3900ものボウリング場があったようです。

 レジャーとして広がったボウリングですが、現在は競技スポーツとしても盛んに行われています。

 1964(昭和39)年には全国ボウリング協会(JBC)が結成され、1967(昭和42)年には日本プロボウリング協会(JPBA)が設立。その2年後に女子プロ13名が誕生。その中には須田加代子、中山律子、並木恵美子などがおり、1970(昭和45)年前後のボウリングブームの火付け役となりました。

 1987(昭和62)年の沖縄国体では公開競技種目になり、翌年の京都国体から正式種目になりました。また、同年のソウル・オリンピックでは、エキジビジョン種目に採用されています。

『参考文献・「ボウリングブームの社会史」 宮田哲郎著』